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仙台高等裁判所 昭和53年(ネ)387号 判決 1980年10月14日

控訴人

徳永久好

外八名

右九名訴訟代理人

細谷芳郎

熊谷誠

被控訴人

株式会社中村靴店

右代表者

中村新弥

右訴訟代理人

高橋敬義

主文

一  原判決中控訴人宮本を除くその余の控訴人らに関する部分を取消し、控訴人宮本に関する部分を次項2、3のとおり変更する。

二1  控訴人宮本を除くその余の控訴人らが、それぞれ別表(一)記載の各土地を要役地とし、いずれも被控訴人所有の山形市香澄町二丁目五〇九番二宅地47.10平方メートル(別表(二)記載の(い)土地)を承役地とする通行地役権を有することを確認する。

2  被控訴人は控訴人ら(控訴人宮本を含む)が右五〇九番二の土地を通行するのを妨害してはならない。

3  控訴人宮本の囲繞地通行権確認請求を棄却する。

三  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

一〜七<省略>

八通行地役権の主張について

前段までに認定摘記した事実を前提として、<証拠>を総合すれば、本件(い)土地、(ね)土地および(へ)土地は、前認定のとおり昭和四年に豊田所有地から分筆され、前認定の位置にT字型をなして存在する幅約三メートル帯状の土地であり、(ね)土地は地目が公衆用道路になつていることのほか、これに面する各土地が塀や柵、垣根によつてこれに接し、門を開き、(ね)土地、(へ)土地自体空地のまま踏み固められたものであつて、現況道路であることが明らかでみり、(ね)土地の南端に接続する本件(い)土地は、その東側が被控訴人方、その西側が訴外新海武久方各建物の壁面になつていて塀や門ではないが、被控訴人方建物の一部が0.9メートルの幅で突出していることを除けば、幅約三メートル、長さ約一八メートルの南北に細長い土地であること、右(い)の土地の南端および(は)土地、(ろ)土地、(に)土地、(ら)土地等の各南端が接する公道は山形駅前大通であつて、附近は山形市内屈指の繁華街であることを認めることができる。そして<証拠>を総合すれば、次の各事実を認めることができる。

1  控訴人らのうち最も早い時期(昭和九年五月一日)に、しかも豊田から直接、現在の(ぬ)土地のほか(を)、(る)、(り)の土地を買受けた阿部長次(控訴人阿部謙一が受継する以前の原告)は、右買受当時豊田から、同人が保有していた(へ)、(ね)土地はもとより、既に商業銀行に譲渡されていた本件(い)土地も、いずれも通路として確保してあるから自由に通行してもよい旨の明確な意思表示を受けたため、爾来これら三筆の土地を通路として使用して来たが、商業銀行からも本件(い)土地の通行につき何らの苦情申入れを受けたことがなかつた。また、右阿部長次よりも僅かに遅れて翌昭和一〇年に(た)土地を買受けた訴外板井健一、同じく(れ)土地を買受けた花輪千代司(控訴人花輪の先代)、同じく(わ)土地を買受けた受継前の第一審原告渡辺守之助らは、豊田から直接買受けたのではなく豊田を基準にすれば転買者であつたため、阿部長次の場合の如き意思表示を豊田から受けたことはなかつたが、いずれも当然のこととして本件(い)土地を通路として使用し、更にその後本件関係土地を所有するに至つたその余の控訴人らも同様であつた。

2  現在控訴人山形組の所有となつている(は)土地の西北隅近くに以前から井戸があり、右の如く順次関係土地を所有するに至つた者が共有し、この管理に当る任意団体として「昭宝会」なるものを結成していた。本件(い)土地の東端、すなわちこれと(ろ)土地との境界に右井戸からの排下水溝が設けられ、この溝も昭宝会の加入者が溝さらい等をして維持管理に当つて来た。

このように控訴人ら本件(い)、(へ)、(ね)の土地を通路として利用していた者は、路面に窪みが生じた都度、適宜石炭がら等でもつてこれを補修して通路としての機能維持に努めていた。

3  訴外山田順樹は昭和一七年一〇月二六日(ろ)土地を取得し、更に昭和一九年一一月八日本件(い)土地を取得したものであるが、戦時中の建物疎開により(ろ)土地上の建物を取毀したので、昭和二一年秋頃(い)、(ろ)土地にまたがつて建物を建築する計画を立て、両地に玉石を敷いたところ、控訴人宮本らから通路となつている(い)土地には建物を建てないでもらいたいとの申入れを受けたため計画を変更し、同年一二月頃(ろ)土地部分のみに建築した。ところが右建物の北側に付設された物置の一部が(は)土地の一部にはみ出し、前記井戸への通路が狭くなつた。そこで(は)土地の所有者である控訴人山形組や前記「昭宝会」の加入者が協議した結果、山田は右はみ出しの事実を認め、その代償として右物置が現存する限り本件(い)土地が道路として使用されるのを承認する、当時(は)土地の北側にある(た)土地を所有していた前記板井はその一部を井戸用通路として提供する、との内容を骨子とする和解書案文を作成し、昭和二二年五月二一日、控訴人山形組の役員と板井が代表となつて山田宅を訪れ、同人に右書面の内容を説明してその了承をえた上、これに右三者のほか立会人三名が連署して右内容の和解契約を締結した(甲第二一号証)。その後山田は、タイヤ修理業を営んでいたところから、本件(い)土地の一部にリヤカーを置いたりしていたが、通行に支障はなかつた。

以上のとおり認められ、これを左右するに足りる証拠はない。

一方、前段までに認定したとおり、昭和四年から昭和一二年までの間に、現在控訴人らおよび被控訴人の所有となつている本件各土地は、(ろ)土地、(は)土地および(り)、(ぬ)、(る)、(を)の各土地と五〇三番一五が、それぞれ未分筆であつたほかは、既に現在のとおりに分筆されていたのである(ただし、五〇三番四および五〇五番四はその後に四六九番に合筆された)。そして右分筆は、五〇九番一宅地58.91坪が(ほ)土地、(に)土地に、五〇三番一宅地188.25坪が(わ)、(か)、(よ)、(た)、(れ)の各土地にそれぞれ分筆され、五〇五番二と五〇三番二が合筆された五〇三番二宅地155.74坪が(そ)土地、(つ)土地、五〇三番一〇、五〇三番一一に分筆され、五〇九番四が右五〇三番一一に合筆された点を除くほかは、原所有者豊田によつてなされたものである。

豊田が当時商業銀行、両羽銀行に相当額の債務を負担していたことは、前認定のとおり本件各土地の一部が右両銀行の申立による任意競売の目的とされたことから容易に推認しうるところであるし、豊田がその所有土地を分譲したのはこれら債務の弁済資金を得るためであり、本件各土地の分筆についても右両銀行の同意ないし示唆があつたと推認してよい。本件各土地が細分されて複数の者の所有とされた場合、各土地から公道に通ずる道路が必要であり、しかも本件各土地の周辺の状況からすれば、駅前大通りに通ずるため本件(い)土地、(ね)土地、(へ)土地の位置にT字型の道路を設けることが本件各土地を有利に処分するため最も適切であることは明らかである。(い)土地はT字型道路の下端(南端)にあたり、駅前大通りに通ずる部分である。右T字型道路の上左端(西端)から後段認定の作場道が駅前大通りに通じてはいるが、右作場道をT字型道路の延長とみることは、その幅員、形状、位置等からして全く不相当であり、(い)土地が(ね)土地、(へ)土地と一体をなす道路(私道)として供用することを予定して分筆されたことは、その位置形状から明白と言つてよい。

これらの各事実からすると、前記一団地の原所有者豊田は、これを処分・分譲する必要上、昭和四年四月本件(い)、(へ)、(ね)の土地を分筆のうえ通路として開設し、この部分は自己の所有として留保し、その余の土地を分譲する都度その相手方または転得者のために右分譲土地を要役地とし、(い)、(へ)、(ね)の土地を承役地とする通行地役権を明示ないし黙示的に設定していたものであり、昭和六年五月に本件(い)土地を競落により取得した商業銀行も、当初から豊田と意思を通じ、同様に通行地役権を設定し、商業銀行から(い)土地を取得した山田においても右通行地役権を承認していたものと認めるのが相当である。

(ね)、(へ)の各土地は一たん両羽銀行の申立による任意競売の目的とされたが、右両土地については競売申立が取り下げられ(抵当権は放棄されたものと推認される)、のちに豊田が右両土地を山形市に寄附したこと、(い)土地は(ろ)土地とともに商業銀行の申立による任意競売により同銀行が競落したが、同銀行は(ろ)土地を山田に売渡したが(い)土地はなお自己に留保し、昭和一九年一一月に至つてようやくこれを山田に売渡したこと、は右認定を裏付けるものである。

もつとも前記3後段の認定事実からすると、(ろ)土地を取得したのち更に本件(い)土地を取得した山田としては、本件(い)土地を近隣地所有者らの通路としてのみ止めておくことに不満を感じていたことを窺いえないでもないが、積極的に通行権を否認したり、妨害の挙に出たりしなかつたこともまた明らかである。更に「物置が現存する限り本件(い)土地の通行を認める」との和解契約の一条項からすれば、これにより新たに債権的な不確定期限付通行権の設定がなされ、従前の通行地役権が消滅したと見られるかのようであるが、前示のとおり山田からの要請によつてこの条項が入れられたのではなく、「昭宝会」加入者らの一方的意思に基づくものであることからして、前記和解契約の主眼は山田に境界侵害の事実を承認させ、併せて井戸用通路を確保するところにあり、右条項も本件(い)土地を無償で通行することと、山田が(は)土地の一部を物置用敷地として無償で使用し、板井において(た)土地の一部を無償で提供することを消極的な対価関係に立たしめるところに本来の意義があるものとして理解することが相当であるから、結局3後段の事実は前示判断に影響を及ぼすものではない。

九したがつて、控訴人らのうち前記一団地の各一部を所有するに至つた者、すなわち控訴人宮本以外の控訴人らは、豊田との間の設定契約により各自の所有地を要役地として本件(い)土地を承役地とする通行地役権を有していたというべきである。

しかるに控訴人らが右承役地につき通行地役権の設定登記を受けていないことは当該控訴人らの自陳するところである。この点に関し右控訴人らは、(1)被控訴人は豊田、商業銀行、山田を経て本件(い)土地の所有権を取得した際、右通行地役権を承認して承継した、(2)然らずとしても、被控訴人は控訴人らがこれを必要不可欠な通路として利用していること等の諸事情を知悉しながら右土地を買受けたもので背信的悪意者であるから、控訴人らは登記なくして通行地役権を対抗しうると主張するので、この当否について検討する。

<証拠>によれば、被控訴人は他の場所(本件(い)土地の西方約五〇メートルという極く近い場所)で靴店を経営していたが、靴の販売には同じ色・形のものでもサイズが豊富でないと客の需要を満たしえず、したがつて品揃えのためには広い売場面積を必要とするのに、従前の店舗が一八坪と比較的手狭であつたことから、店舗拡張の目的で山田から本件(い)、(ろ)土地を買受けたのであり、その際山田から前示通行地役権設定の事実はもとより、前顕甲第二一号証に文書化されている和解契約についても何も聞かされておらず、また本件(い)土地を(ろ)土地よりも低い価格で買受けたというような区別はなく、両地を(ろ)土地上の建物と共に一括して一七五〇万八四〇〇円の代金で買受けたことが認められるから、被控訴人が前記通行地役権を承認して右土地を取得したと認められることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

しかしながら前認定のとおり被控訴人が(い)土地、(ろ)土地を買受けた昭和四二年六月当時すでに本件(い)土地は(ね)土地、(へ)土地と一体をなす道路として開設され、控訴人らが通行の用に供していたのであり、(い)土地はその位置、形状から右の道路用地として分筆設定されたものであることが客観的に明白であつたのであるから、被控訴人は控訴人らが前記通行地役権を有することを知つて本件(い)土地を取得したものと推認するのが相当である。原審および当審における被控訴人代表者中村新弥の供述中には近所ではあつても町内会を異にする点や、山田がタイヤ修理の作業場として本件土地を利用していたことから、右の事情には気付かなかつたとの部分があるが、措信できない。

一方、<証拠>によれば、豊田から山形市に寄附され事実上公衆用道路となつている(へ)土地が通じている右作場道は、その南端が山形駅前大通りに、北端が他の公路に開いていて、現在は舗装されているが、幅員が1.3ないし1.5メートルであつて、下水溝や電柱等のため有効幅員は更に狭められ、両側の建物の間の単なる空隙地にすぎないかの観を呈しており、殊に積雪期には雪が馬の背状に積上がり、両側の建物から屋根の雪や氷柱・水滴が落下するため、通行が著しく困難になることがあるなど、公の道路としての外形と機能を十分には備えておらず、そのため、昭和四三年頃被控訴人が本件(い)土地の北端にナマコトタン板の塀を設置してこれを塞いだ際には控訴人らは多大の不便を余儀なくされ、右塀の撤去等を命ずる仮処分命令を得て現在に至つているが、現在も被控訴人は(ろ)土地上の建物の一部を約0.9メートル本件(い)土地上に突出させているほか、運転のために使用しない中古自動車を恒常的に本件(い)土地上に放置したままにしていることが認められる。

以上認定の諸事実(二項におけるものも含む)を総合して判断するならば、本件(い)土地が通路として開設されていることを知悉してこれを取得した被控訴人は、右土地につき山田に対し通行地役権を有していた者との利益較量上、すなわちこれを右権利の承役地としておかなければならない被控訴人の不利益と、通行できなくなることによつて多大の不便を強いられる右権利者の不利益とを対比した場合、当該通行地役権につき登記が欠缺していることを主張しうる正当な利益を有する第三者に当らないものというべきである。本件(い)土地が駅前大通りに面し、山形市内屈指の地価高額の場所であることも右の結論を左右するものではない。したがつて、控訴人宮本以外の控訴人らは、被控訴人に対しても右権利を対抗することができるから、その通行地役権の確認と通行妨害の禁止を求める請求は理由がある。

一〇控訴人宮本の請求について

前記のとおり同控訴人が(ち)土地を所有していることは当事者間に争いがなく、その所在場所が別紙図面表示のとおりである以上、同人にとつても本件(い)土地を通路として利用する必要性は他の控訴人らと同様であるのは明らかであるが、ともかくも前記作場道があるため(ち)土地を「袋地」と見ることはできないから、その囲続地通行権確認請求は理由がない。しかし、前項の末尾で判示したとおり、被控訴人は他の控訴人らに対しては本件(い)土地につき通行地役権を承認しなければならず、その通行を妨害してはならないのであるから、特段の事情がない限り控訴人宮本に対してのみ通行を拒否してみても利益となるものは何もないと解すべきところ、かかる特段の事情の存することについては何らの証拠がなく、同時に前示のとおり右土地の通行を禁止された場合に控訴人宮本が多大の不便を強いられることとなる本件においては、同控訴人が右土地を通行するのを被控訴人が妨害するのは権利の濫用に該当し、許されないところといわなければならない。故に同控訴人の通行妨害禁止を求める請求は理由がある。

二よつて控訴人らの請求をすべて棄却した原判決は不当であるから、原判決中控訴人宮本以外の控訴人らに関する部分を取消し、控訴人宮本に関する部分を変更した上、当審で改められた請求の趣旨に従つて前者の第一次的請求全部と後者の通行妨害禁止請求を認容し、後者の囲繞地通行権確認請求を棄却することとし、民事訴訟法三八六条、九六条、八九条、九二条に従い主文のとおり判決する。

(田中恒朗 佐藤貞二 小林啓二)

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